株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)は、ゲームやライブ配信、スポーツ、ヘルスケアなど幅広い事業を展開する総合IT企業です。その中でも注目されるのが、ライブ配信アプリ「Pococha」に導入されたレコメンドAIです。数百種類に及ぶアイテムの中から最適な選択肢を瞬時に提示し、ユーザー体験の向上と運営効率化を両立させています。本記事では、導入の背景や抱えていた課題、得られた効果、使用されたAI技術、さらにレコメンドAI以外の取り組みまで、公開情報をもとに詳しく解説します。
AI導入の背景

株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)は、ゲームやスポーツ、ヘルスケアに加え、ライブ配信アプリ「Pococha」を運営しています。Pocochaでは、ユーザーがライバーを応援するために利用できるアイテムが400種類以上存在し、その数はイベントや限定企画によってさらに増加します。多様なアイテムがある一方で、ユーザーが瞬時に最適なアイテムを選び出すのは難しく、UXの低下や利用継続率の課題につながる懸念がありました。こうした状況を背景に、AIを活用したレコメンド機能の導入が進められたのです。
Pocochaにおけるユーザー体験の課題
Pocochaの特徴は、ライバーとリスナーがアイテムを通じて交流する点にあります。しかし、提供されるアイテムの種類が膨大で、利用者が最適な選択を即座に判断することは困難でした。特に新規ユーザーにとっては、数百種類に及ぶアイテムから選ぶ体験は複雑で、利用体験を阻害する要因となっていました。また、ライバー側から見ても、どのアイテムが盛り上がりやすいのかを正確に把握することは難しく、機会損失が発生する可能性もありました。さらに運営側にとっても、ユーザー行動を人手や単純ルールでカバーすることは現実的でなく、データを活用したレコメンドの仕組みが必須と認識されるようになりました。
業界トレンドとDeNAの戦略的判断
ライブ配信市場全体でも、ユーザーごとに最適化された体験を提供することは競争力の鍵となっています。従来のランキングや手作業による推薦は限界があり、リアルタイム性や精度の面で改善余地が大きい状況でした。DeNAはこうした業界トレンドを踏まえ、AIによる推薦を早期に導入することで他社との差別化を図りました。特に同社は、データ活用とAI技術の社会実装に積極的であり、単なる利便性向上だけでなく「サービス価値の持続的成長」を重視しました。AIの導入は単発の改善施策ではなく、全社的なデータドリブン経営の一環として位置づけられたのです。
AI導入によって得られた効果

レコメンドAIの導入により、Pocochaのアイテム推薦は大きく精度を向上させました。特に再出現アイテムではほぼ100%の精度を実現し、ユーザーは自然に適切なアイテムを利用できるようになりました。その結果、操作の手間が減少し、配信体験そのものに集中できる環境が整いました。一方で新規アイテムの推薦精度は25%前後にとどまり、今後の課題として改善が進められています。
定量的成果とUXへのインパクト
DeNAが実施した検証では、AIによる推薦結果が実際に利用されたアイテムの約85%をカバーし、再出現アイテムではほぼ100%の精度を達成しました。これは従来のルールベース手法では実現困難だった精度であり、ユーザーにとって「選びやすさ」と「使いやすさ」の両方が飛躍的に改善されたことを意味します。さらに、操作負荷が軽減されたことでリスナーは配信視聴やライバーとの交流に集中できるようになり、体験全体の満足度が向上しました。UXの改善は結果的にアプリの利用継続率を高め、サービスの成長に直接結びついたのです。
運営効率の向上とユーザー満足度の関係
AI導入の効果はユーザー体験にとどまらず、運営側の効率化にも及びました。従来、人力やルールに依存していた推薦作業は限界があり、拡張性にも問題がありました。レコメンドAIの実装により、運営は膨大なデータを効率的に活用できるようになり、より的確な改善サイクルを回せるようになりました。さらに、AIによる精度の高い推薦はユーザー満足度を高め、信頼感を醸成しました。これによりユーザーが安心してサービスを使い続ける環境が整い、結果的にアプリ全体の収益性向上にも寄与したのです。
使用したAI技術

PocochaのレコメンドAIには、自然言語処理分野で用いられるWord2vecの仕組みを応用した「Item2Vec」が採用されました。アイテムを単語のように捉え、共起関係を学習させることで高次元のベクトル空間に埋め込み、類似度計算を行います。これにより、ユーザーが直前に使用したアイテムや過去の利用履歴に基づき、関連性の高いアイテムを瞬時に推薦できるようになりました。特に再出現アイテムでは精度の高い結果を示し、UX改善に寄与しました。
Item2Vecの仕組みと応用
Word2vecは、本来は単語をベクトルとして表現し、類似性を数値的に計算できる技術です。DeNAはこれをアイテム推薦に転用し、アイテムを「単語」、ユーザー行動を「文脈」として扱いました。例えば、あるユーザーが短時間に複数のアイテムを利用した場合、それらは共起関係が強いと見なされ、同じベクトル空間上で近い位置に配置されます。コサイン類似度を用いた計算によって類似アイテムを抽出することで、ユーザーの行動パターンに基づいた自然な推薦を行うことが可能になりました。こうした手法は軽量かつ高速であり、リアルタイム性が求められるライブ配信環境に適したアプローチでした。
技術的利点と限界
Item2Vecの強みは、高速に動作し、既存の利用履歴から安定した推薦を導き出せる点にあります。特に再出現アイテムに関しては非常に高い精度を発揮し、実験ではほぼ100%に近い推薦が可能となりました。しかし一方で、新規アイテムに対しては精度が著しく低いという課題も明らかになりました。これは学習に過去の履歴が必須であるため、まだ利用実績のないアイテムは推薦対象として扱いづらい「Cold-start問題」と呼ばれる現象です。DeNAもこの点を課題として認識し、さらなる改善の方向性を模索しています。
今後の方向性と関連技術

レコメンドAIの導入で一定の成果を収めたDeNAですが、新規アイテムに対応する仕組みや、より文脈を踏まえた推薦を実現するために、次世代技術の検討を進めています。特にTransformerモデルなど自然言語処理に強いAIを導入し、コメントやタイトルといった非構造データを活用する構想が注目されています。また、AIによる推薦をUXに自然に組み込む取り組みも今後の課題として位置づけられています。
Transformer導入による文脈理解
Transformerは、長文や複雑な文脈を保持しながら情報処理できるモデルであり、Pocochaのようなライブ配信アプリにおいても有効と考えられます。例えば、配信中にユーザーが発するコメントやライバーの発言内容を解析し、それに適したアイテムを文脈的に推薦できる可能性があります。これにより、単なる過去履歴に基づく推薦ではなく、その場の空気感や配信状況に即した提案が実現されます。新規アイテムについてもテキスト情報を活用すれば関連性を見出しやすくなり、Cold-start問題の解決に繋がると期待されています。
UX設計との融合による体験価値の向上
AIが導いた推薦をいかに自然にユーザー体験に溶け込ませるかは重要なテーマです。例えば、アイテムを提示するタイミングを工夫することで、利用者は「押し付けられた」と感じることなく、自然に選択を促されます。また、表示方法にアニメーションや演出を加えることで、推薦自体が体験価値を高める要素になります。DeNAは、AIの計算結果とUXデザインを一体化させることで、ユーザーの心理的抵抗を最小限に抑えながらサービス全体の魅力を高める方向へ進んでいます。これはAIを“裏方の仕組み”に留めず、“体験の一部”として活用する発想です。
「レコメンドAI」以外にDeNAが導入しているAI施策

DeNAはレコメンドAIの導入にとどまらず、社内外でAI活用を広げる多様な取り組みを進めています。2025年には生成AI支援を担う子会社「DeNA AI Link」を設立し、AIの社会実装を加速しました。また、米国Cognition AIが開発した自律型AIエンジニア「Devin」の日本展開を支援し、社内でも実証導入を進めています。これらの施策は単なる技術導入にとどまらず、組織や文化そのものをAIネイティブへ変革する動きに直結しています。
「DeNA AI Link」の設立と役割
DeNA AI Linkは2025年4月に設立された子会社で、生成AIの導入や活用に課題を抱える日本企業を対象にコンサルティングや開発支援を行っています。特徴は単なるツール提供ではなく、企業の業務フローにAIを組み込み、導入から運用までを伴走する点です。DeNA自身がPocochaなどで培った知見を活かし、業種を問わず活用可能なソリューションを提供しています。これによりAI導入の敷居を下げ、国内企業の競争力向上に寄与するとともに、自社のAIノウハウを事業化する役割も果たしています。
AIソフトウェアエンジニア「Devin」の導入支援
DeNAは2025年2月、Cognition AIが開発した自律型AIソフトウェアエンジニア「Devin」の国内展開を支援すると発表しました。Devinは要件定義から設計、コーディング、テスト、デプロイまでを自律的に行えるAIであり、開発プロセス全体を担える点が大きな特徴です。DeNA社内での実証導入では、従来比で開発生産性が倍増した事例も確認されました。これにより、エンジニアは創造的な設計や難易度の高いタスクに集中できるようになり、チーム全体の効率化に直結しました。AIが“もう一人の同僚”として組織に定着しつつある状況です。
AI文化の醸成と組織変革

DeNAは「AIにオールイン」をスローガンに掲げ、全社的にAI活用を進めています。経営層から現場までAIを使いこなすことを前提とした文化づくりを推進し、AIを単なる効率化の道具ではなく、働き方そのものを変革する存在として位置づけています。この取り組みは人材育成、評価制度、開発体制など多方面に及んでいます。
経営層主導のAI推進と「第二の創業」
南場智子会長は2024年、「AIにオールイン」を宣言し、DeNAの経営戦略を大きく転換しました。AIは単なるツールではなく、組織を根本から変える力を持つと位置づけ、「第二の創業」としてAI活用を推進しています。小規模なチームで次々と新規事業を立ち上げる仕組みや、AIを共働者として扱う文化が広がっており、既存事業の効率化と新規領域開拓の両立を目指す流れが加速しています。経営層自らAIを積極的に利用する姿勢は、社内への強力なメッセージとなっています。
社内文化とナレッジ共有の取り組み
DeNAは社員一人ひとりがAIを実務に取り入れられるよう、環境整備やナレッジ共有の仕組みを充実させています。具体的には「DeNA × AI Talks」といった社内外向けイベントを開催し、エンジニアや事業担当者がAI活用の知見を発表・共有しています。また、日常業務にAIを取り入れる取り組みを奨励し、社内にAIの利用を記録・可視化する仕組みも導入されました。これにより、個人の工夫や学びが組織全体に広がり、全社的なAIリテラシーの向上に繋がっています。
株式会社ディー・エヌ・エーの会社概要

株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)は1999年に創業し、日本を代表するインターネット企業の一つとして成長を続けてきました。主力のゲーム事業に加えて、スポーツチーム経営、ライブ配信、ヘルスケア、オートモーティブなど幅広い分野で事業を展開しています。近年は「AIにオールイン」を掲げ、既存サービスの強化と新規領域の開拓を両立させる戦略を進めています。多角的な事業基盤を持つことが、AI活用における強みの一つとなっています。
多角展開と事業の広がり
DeNAは、創業当初はEコマースやオークション事業からスタートしましたが、その後はゲーム分野で大きな成長を遂げました。代表的なスマートフォンゲームの開発・運営を通じて培った技術力とデータ活用のノウハウは、他の領域にも波及しています。さらに、プロ野球チーム「横浜DeNAベイスターズ」の経営や、医療分野での遺伝子検査サービス、自治体と連携したスマートシティ構想など、社会的なインパクトを持つ事業を次々と展開してきました。こうした多角化により、AIの応用範囲も広がり、各事業で得られる知見を横断的に活用できる体制が整っています。
AIネイティブ企業としての進化
DeNAは、2020年代半ばに入り、経営戦略の中心にAIを据える「AIにオールイン」方針を明確にしました。これは単なる業務効率化にとどまらず、新規事業を小規模チームで連続的に立ち上げる仕組みを取り入れるなど、AIを企業文化にまで浸透させる取り組みです。PocochaのレコメンドAIやAIエンジニア「Devin」の導入などは、その一端を示しています。DeNAは、既存の枠組みにとらわれず、AIを活用した新しい価値創出を続けることで、日本発のAIネイティブ企業としての存在感を確立しつつあります。
まとめと今後の展望

DeNAのレコメンドAIは、ユーザー体験の向上と運営効率化を両立させる事例として注目されています。再出現アイテムでの高精度な推薦、新規アイテムでの課題、さらに次世代技術の導入可能性が明確になりました。また、レコメンドAI以外にも生成AI支援やAIエンジニア導入といった多様な取り組みを進めており、AI文化を全社に広げることで組織そのものを変革しています。今後もAIを基盤に新しいサービスを創出し、日本のAI産業を牽引していく存在となるでしょう。
レコメンドAIが示す可能性
PocochaにおけるレコメンドAI導入は、ユーザーにとって自然で快適な体験を提供しながら、ビジネス面での成果ももたらしました。この事例は、他のライブ配信サービスやEコマースなど、膨大な選択肢から適切なものを提示する必要がある領域にも応用可能です。再出現アイテムでほぼ100%という精度を達成した一方、新規アイテムでは25%にとどまった課題は、業界全体で共有されるテーマであり、DeNAの取り組みが今後のモデルケースとなるでしょう。AIによる推薦は単なる便利機能ではなく、サービスの価値そのものを高める要素へと進化しています。
DeNAの未来戦略と社会への影響
DeNAが掲げる「AIにオールイン」という方針は、企業内部の改革にとどまらず、社会全体にも大きな影響を与えると考えられます。生成AI支援の「DeNA AI Link」は外部企業のDX推進に貢献し、AIエンジニア「Devin」の展開は国内の開発現場のあり方を変えつつあります。さらに、スポーツやヘルスケアといった生活に身近な分野にもAIが浸透することで、人々の生活体験が豊かになる可能性があります。DeNAの実践は、日本の企業がAIを活用しながら新しい成長モデルを築くうえで、重要な示唆を与えていると言えるでしょう。
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